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フリッツ・ハーバー:空気から「パン」を作った科学者が直面した選択(授業記録)

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導入:この授業の見取り図

本時は、化学者フリッツ・ハーバーを入口にして、科学技術が社会の中でどのように働くのかを見ていきます。前半は事実と出来事を積み上げ、後半で判断に移ります。ここから先は、ひとつの結論に収束する話ではありません。むしろ「あなたならどうするか」が最後に残る構造です。

授業の途中では第一次世界大戦を扱う映像資料も見ます。そこでは、機関銃、飛行機、X線(レントゲン)などが登場し、科学技術が戦争へ結びついていく様子が示されます。映像の内容は、そのまま後半の「判断材料」になります。

展開1:導入クイズ「空気から○○を作った科学者」

最初に、導入として短いクイズを置きました。問いは「空気から○○を作った科学者」です。○○に入る言葉を自由に予想すると、「水素」「ガス」などの答えが出てきます。ここで重要なのは、正解にたどり着くことだけではありません。「予想してよい」「外してよい」という空気ができると、授業の入口が軽くなります。

正答として紹介するのは「パン」です。「空気からパン」という言い回しは、空気中の窒素を利用する技術が肥料生産につながり、食料生産を支える、という意味で語られる表現です。

一方で、「ガス」という答えも本質から外れてはいません。ハーバーの業績は、食料(肥料)に結びつく側面と、戦争と結びついてしまう側面の両方を持ちます。ここで少しだけ、先の展開が透けて見えてきます。

展開2:第一次世界大戦で加速した「科学技術の軍事利用」

映像資料では、第一次世界大戦の戦場で科学技術が急速に軍事へ取り込まれていく様子が示されます。戦争開始当初は旧来の要素が残っていても、戦争が長引くにつれて新たな兵器や技術が投入され、戦い方そのものが変わっていきます。

象徴的なのが機関銃です。発射速度の高い武器が前線に入ると、従来のような「突撃中心の戦い方」は成立しにくくなります。その結果、塹壕に身を潜めて撃ち合う消耗戦が前面に出てきます。技術が戦争の形式を変えてしまう、という事実がここで見えてきます。

航空機の軍事利用も同じ方向を向いています。飛行機は当初、制約の大きい木製の機体で運用されますが、やがて爆弾投下や空中戦へつながっていきます。戦争は地上だけでは終わらず、空へも拡張していきます。技術が「できること」を増やすほど、戦争の射程も広がっていくのです。

医療技術の話は、もう少し複雑です。X線(レントゲン)の導入によって、体内の弾丸や破片の位置が把握しやすくなり、より適切な手術が可能になります。人を救う方向へ働く技術です。ところが当時は放射線の危険性が十分に理解されていない時代でもあり、現場で扱う側に体調不良や大きな負担が生じていきます。救う技術が、別の形の犠牲を生むこともある。その影がここで見えてきます。

発明の動機が善意であっても、社会状況(戦争)によって使われ方が変わり得る。ここまでの映像は、その感覚をじわじわと蓄積していくパートです。

展開3:化学の補足「ハーバー・ボッシュ法は何がすごかったのか」

映像の中でハーバーは「空気中から窒素を取り出す方法を確立した人物」として登場します。ここで一度、化学の視点に戻しておきます。

空気中には窒素が大量にあります。だから「窒素があるなら、すぐアンモニアができるのでは」と考えてしまいがちです。ですが現実には、そう簡単には進みません。窒素分子は非常に安定で、反応しにくいからです。もし反応が簡単に進むなら、窒素と水素が同じ場所にあるだけでアンモニアができてしまい、刺激臭があふれるはずです。しかし、そんなことは起こりません。

窒素と水素からアンモニアを合成するには、高圧(100〜300気圧)と高温(数百℃)といった条件が必要になります。しかも当時は、高圧を扱う技術そのものが大きな壁でした。圧力を上げればよい、と言うのは簡単ですが、装置として安全に成り立たせることが難しい。そこに触媒の検討も加わり、試行錯誤が積み重なっていきます。

そして、アンモニアがつくられると、社会への影響が二方向に開きます。ひとつは肥料の原料として、作物の収穫量を増やし、食料供給へつながる方向です。もうひとつは、別の変換を経て火薬・爆薬の原料へもつながり得る方向です。ひとつの技術が、人を救う方向にも、戦争へ接続する方向にも開いてしまう。ここにハーバーの問題の芯が現れます。

展開4:判断ワーク「戦争協力の依頼を引き受けるか」

ここまで積み上げてきた材料を踏まえ、最後に問いが残ります。

あなたがハーバーだったとします。天才化学者として大きな業績を上げ、国家の中でも重要な立場にいます。ところがヨーロッパは第一次世界大戦の渦中で、戦況は膠着しています。国家は状況を打開する手段を求め、科学者と技術に突破口を期待します。そこで「あなたなら何とかできるのではないか」と協力を求められます。

このとき、あなたはその依頼を引き受けるでしょうか。引き受けないでしょうか。それとも決められないでしょうか。

選択肢を三つにしておくと、結論を急がずに済みます。「決められない」を選ぶことも、逃げではなく立派な判断です。重要なのは、結論ではなく理由です。結論の背後に価値観が出るからです。だからこそ、理由を書かなければなりません。

個人で考えた後に、ペアで共有します。相手に説明する段階で、自分の考えが言葉として形を持ち始めます。授業の最後は、そこで終わります。

次回は、匿名化した回答をいくつか共有し、その後で史実としてハーバーが実際にどのような選択をしたのか、そしてその選択が科学技術と社会にどのような影響を残したのかを補足していきます。史実は調べれば出てきますが、史実がそのまま正解になるわけではありません。史実を材料にして、判断を深めることが次の段階になります。

(次回:2026年2月9日)

おわりに

科学技術は、人を救う力を持ちます。けれど、状況によっては別の方向にも接続します。同じ技術が、食料の増産にも、戦争にもつながり得る。その両方を同時に抱えたまま、人は判断しなければならない場面があります。

ハーバーの話が残すのは、その重さです。

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